大黒摩季

2025年5月21日水曜日

音楽 板橋

t f B! P L
数年前のとある日、私は仕事を終えて帰宅するために池袋から板橋区を経由して埼玉へと至るパッとしないローカル線、愛馬東武東上線に乗っていた。 

池袋を出発し四駅目、中板橋駅でお決まりの急行列車の通過待ち。

地味にこの時間が長いんだよなぁ。

と、ぼんやり頭の中で思う。いつものことなのだが疲れからか余計に長く感じる。時間も遅かったので車内に人もまばら。

そんなどうしようもない時間にボーっとしていると、微かにシャカシャカと誰かが聞いている音楽の音漏れらしきものが聞こえてきた。

どっから聴こえているのか、辺りを見回すと30代くらいの男性が目に留まった。

その男性をしげしげと観察してみる。良い体格をしている。白いゴツ目のスニーカーにゆったりとしたデニムと黒いパーカー、極めつけは平らなツバにピカピカのシールが貼ってあるキャップを被り、これまた威圧感のある大きなヘッドホンを装着。

間違いない、音漏れの主だ。

もう少し様子を見ていると主は疲れているのか腕組みをし、うつ向いている。
何か一仕事終えて帰宅途中といった様子。

疲れているときは音楽が沁みるよなぁ。

私も音楽好きなので、好きな音楽を聴くと癒える気持ちは良くわかる。
電車内に人も少ないし大いに聴いてくれという同意の気持ちをそっと主に向けた。

おそらくヒップホップが好きそうな風体なので、きっと自分の気持ちを代弁してくれるようなラッパーの曲でも聴いているのだろう。
そう考えた矢先に主の音漏れから何やら聞いたことのあるメロディの断片が私の耳に飛び込んできた。

最初はわからなかったのだが、耳に神経を研ぎ澄ませて聴いてみる。

「~んぃ…ばん…かくに…てね~♪」

知ってる、これたぶん知ってる曲だ。女性ボーカルの歌声も聞いたことがある。

ワンコーラスが終わり、二回し目の同じ部分であろう歌詞とメロディが今度ははっきり聴こえた

「いちばん近くにいたいの~♪」



大黒摩季だ


大黒摩季の『いちばん近くにいてね』だ






こう言っては失礼なのかもしれないが、見た目と聴いている曲のギャップが多すぎてなんだか笑みがこぼれてしまった。

同時に、いろいろな曲を聴くということは音楽が本当に好きなんだろうなぁ。と、勝手に尊敬の念が沸き上がってきた。

そして曲が終わりに差し掛かかろうとしたとき、急行が向かいのホームを全速力で通りすぎてゆく。

主もその気配を察したのか後ろを振り返り、そろそろ発車か。といった表情をしている。

電車のドアがプシューと閉まり、ゆっくりと動き出す。退屈なひと時に潤いを与えてくれた主に感謝をしながら、ほっこりした気持ちで家路についた。




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